佐渡の挑戦者たち、トキと共生1

トキが最後まで佐渡に生息していたのは豊かな自然があったから。

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佐藤 春雄(さとう はるお) 
佐渡とき保護会顧問
大正9年佐渡生まれ・加茂歌代在住

 佐藤さんとお会いしたのは、日本最後のト
キ「キン」が亡くなった時にテレビカメラ取
材に伺ってからのご無沙汰でした。5年前と
変わらない元気な笑顔でトキを思うやさしい
胸の内を話してくれました。
 佐藤さんとトキとの初めての出会いは、小
学生の頃。夕焼けの空に飛んで行く1羽のト
キの姿を見てその美しさに感動した時から始
まる。昭和28年には、負傷したトキ(ハル雄
)を保護して両津高校で45日間泊り込みで面
倒をみたが何を餌にあたえれば良いか解らず
最終的に上野動物園に送る事となったと間近
にトキと触れあった思い出を話してくれた。
 佐藤さんは昭和26年トキの数が少なくなっ
たことから、人工繁殖の道をめざそうと呼び
かけたが、その時誰一人として耳をかさなか
ったと言う。そして、昭和30年後半からその
思いが届き始めた。昭和42年新穂清水平にト
キ保護センターが建設され「フク」「フミ」
「ヒロ」の飼育が開始される、翌年3月には
西三川で「キン」が餌付けに成功した宇治金
太郎さんに捕獲されセンターで飼育される事
になる。その2年前には野生で残っている5
羽では若い鳥ではないことから、繁殖能力が
低いと考え中国からトキを借りて繁殖をめざ
そうと運動したが佐藤さんの声は届かず、昭
和56年に国は全鳥保護を決めその年の1月に
野生の5羽を一斉捕獲した。佐藤さんの思い
はトキはもともと渡り鳥で中国にいるトキも
祖先は同じ、鳥に国境はないと話し中国の若
いトキで繁殖をめざした方が確実だと考えた。
事実トキは渡り鳥説があることから、中国で
も世界でもトキの学名はニッポニア・ニッポ
ンと呼ばれている。
 その後日本のトキ繁殖の道のりは険しく捕
獲はしたものの佐藤さんが言ったように若く
ない日本のトキでは繁殖能力に乏しく人工繁
殖は失敗に終わった。しかし、平成11年中国
から贈られた2羽「ヨウヨウ」「ヤンヤン」
の若いペアから初めてヒナが誕生し人工孵化
が成功。道のりは長かったが現在122羽(平
成20年9月5日現在)にまで増せた日本の取
組みの成果はこれまで携わってくれた皆のお
かげだと感謝の気持ちを忘れない。
 これからのトキについて、自然繁殖の鍵は
冬季間の餌場の確保だと話す。餌さえあれば、
マイナス30度のシベリアにも住んでいたこと
のある鳥だから寒さは大丈夫。トキが最後ま
で佐渡に生息していたのは豊かな自然があっ
たから、だからこの自然を残し続けることが
人間にもトキにも大切、トキが生きられる島
だから人間にもやさしい自然環境があるのだ
と話してくれた。

一度絶滅したトキ、人間と多くの生き物たちが共生できるかもう一度試されている。

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故・近辻 宏帰(ちかつじ こうき)
元・佐渡トキ保護センター長
昭和18年東京生まれ

 東京の郊外に生まれ育ち、子どもの頃から
鳥が好きだったと言う近辻さん。縁あって佐
渡の地に24歳で佐渡トキ保護センターに着
任し、トキ保護・増殖に40年余りかかわって
きた。 
 9月25日新穂で行われた初めてのトキ放鳥
の瞬間、これまで取組んできた数々の苦労や
出来事を思いだすかのように、秋篠宮ご夫妻
が放す木箱のアシスタントを務めた。大空に
羽ばたけと心の中でエールを送る。殿下が扉
を開けた、1・2・3秒箱の後から、それっ
飛びたてと軽く手をさしのべると合図を待っ
ていたかのように、2羽が大空へ舞い上がっ
た。その瞬間近辻さんは、心の中で「ヨシッ
・・・!」と、我が子の旅立ちを祝福した。ト
キとともに40年余り、ひとつの夢が叶った
瞬間でした。
 近辻さんに、トキの増殖にかかわってきた
これまでの思い出を訪ねると一番の喜びは、
佐渡産絶滅のあと中国から贈られたヨウヨウ
・ヤンヤンのペアから初めて人工孵化でユウ
ユウが誕生した時の事が思いだされると言う。
そして、翌年にはシンシン・アイアイも誕生
するなど平成13年には合計13羽までになっ
た。これまで描き続けた佐渡の山に再びトキ
を羽ばたかせたれる夢がようやく叶うと、そ
の時はじめて意識したそうです。それまでは
苦難の連続、日本産最後のトキ5羽を捕獲し
て取組んだ人工繁殖でしたが、若いペアが作
れず雄のミドリに中国からお嫁さんに迎えた
フォンフォンから生まれた卵は無精卵。結局
日本産での人工繁殖には至らなかった。その
後、クロトキの卵を使うなど24時間稼動式の
孵卵器による人工孵化技術を積み上げるまで
に長い道のりがあったと言う。この技術の積
み上げと苦労が平成11年日本で初のトキ人工
孵化が成功しユウユウが誕生した。これを境
にヒナが次々繁殖し今回の試験放鳥へとつな
げた。
 佐渡はこれから冬へと向かうが、放された
10羽のトキには自然界の厳しい試練が待ち受
けている。やはり天敵はオオタカやハシブト
カラス・テンなどと思うが冬を越せる餌場の
確保さえできれば、来年の春にはいくつかの
ツガイからヒナが誕生する自然繁殖も十分期
待できると話してくれた。
 佐渡は環境的にもトキが住みやすい豊かな
自然環境がある。日本では一度絶滅したトキ
だが、もう一度自然や多くの生き物と共生で
きるか、それをトキ野生復帰という形で試さ
れているのだと話す。佐渡トキ保護センター
を定年退職した現在は、トキの素晴らしさや
自然界の生き物の大切さを島内外の子供たち
に伝えようと、年間およそ40回の講話活動
を続けていた。

佐渡で見つけたトキ色の約束、都会にはない「感動」が佐渡にはある。

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光井 孝枝(みつい たかえ)
トキモニタリングサポーター
東京都出身・昭和43年生まれ・新穂潟上在住 
 今年の8月に設立した財団法人自然環境研究センターの佐渡事務所に勤務する光井さんは、トキの放鳥後の活動位置などを追跡調査するモニタリングを行う。今回試験放鳥された10羽の内6羽に取り付けられた発信機から送られてくるデータをGPS機能を利用して集めながら、トキの活動範囲や位置を調べるという。放鳥の際には10羽とも別々に行動したが、やがて習性的に群れを作って行動するようになる。いくつの群れになるのか、いつ頃からかなど観察データが集められ次回の放鳥に生かされる事になるのだろう。
 光井さんとトキとの出会いは、今から8年前。怪我をした1羽の子鷺を保護し怪我がなおるまで世話をしようと、近辻センター長のいる保護センターに餌のドジョウをもらいに行き初めて「ヨウヨウ」「ヤンヤン」を見たそうです。トキを見ての感想を尋ねると、「クァン・クァンと大きな鳴き声がするので、犬がいるんですかと聞いたらこれがトキの鳴き声と教えられたとか」ゲージの中で飛んだ羽の色は美しく、これが本当に空を飛んだらどんなに美しいかと思ったそうです。阪神大震災があった年の8月のお盆に国有林の保護監視員を勤めているご主人と新穂の黒滝山に行った時に雲の間から太陽の光がトキ色の柱の形で降りそそいでいるのを見て、トキが私に何かを伝えたいのではと感じ、その思いを「トキ色の約束」と題した詩にして2年程前から曲をつけてCDにしたいと、まだ未完成ながらトキを応援する浪漫を話してくれた。鉱山植物と自然大好きがきっかけで、佐渡に来て23歳で観光ガイド役だったご主人と結婚。東京
から見た佐渡は海のイメージが強かったが、ドンデンの山にカメラを持って上ると秘密のベールの中にいる心地がすると、佐渡の自然のすばらしさを教えてくれました。

情報誌e-佐渡・2008年10月取材

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