トキと暮らす佐渡3

ル・レクチェのコピー.psd

新たな佐渡の特産品へ
「トキ色メロン」

佐々木美三.jpg
佐藤 美三(さとう よしみ)65歳
佐渡市西三川在住

 13年前からイチゴのハウス栽培を行なって
いた佐藤美三さんは、3年前から新たに「ト
キ色メロン(品種:グランドール)」の生産
を始めました。栽培面積は10アールで、およ
そ500個をJAを通じて島内や東京市場へ出
荷しています。佐藤さんがトキ色メロンの栽
培を始めたきっかけは、イチゴのハウス栽培
で燃料費が嵩む事からその軽減策として始め
たそうです。イチゴ栽培で使用したプランタ
ーの栽培土がそのまま使えることからイチゴ
の収穫が終わった5月下旬頃からメロンの苗
を植え、花が咲いて交配後56〜60日で収穫
期を迎えます。そして、収穫後7〜10日が
食べ頃を迎え、その果肉が薄いトキ色となり
ます。現在、佐渡島内では7軒の農家がアン
デスやアールスなどの品種とともに生産に取
組んでいますが全体の栽培面積もまだ少ない
のが現状です。
 佐藤さんは収穫後メロンを割った時のピン
クがかったトキ色を見た時に育てた甲斐と感
動を実感すると話す。島内のホテルや学校給
食そして、また佐渡の特産品として、早く多
くの需要に答えられるよう、いちご栽培農家
などに朱鷺色メロン栽培を呼びかけて生産者
の拡大を図りたいと夢を膨らませた。※朱鷺
色メロンの収穫期は8月、1玉(1.5キロ)
が、800円前後で市場へ出荷されます。
トキ色メロン.jpg
アンデスメロン(左)トキ色メロン(右)

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■くだものまつり
9月13日(日) 10:00〜15:00
地元西三川でとれたなし、りんご、ぶどう
などの新鮮な果物の販売。試飲会・試食会
や人気のりんごの皮むき大会など。市価よ
り2〜3割安い。
会場 : 真野活性化センター「いぶき21」

































松丘佐々木.jpg
柿の木に実をつけたままアルコールで脱渋する
栽培方法にも取組む松丘農園の佐々木昇さん、
甘味が抜群の逸品です。収穫は10月上旬頃か
らの限定品です。
柿アルコール脱渋.jpg

そで佐々木.jpg
そで農園佐々木良昌さん
秋映.jpg
太陽の恵みを利用する無袋栽培

情報誌e-佐渡・2009年9月取材

くだもの直売センター.jpg
■西三川くだもの直売センター
営業時間:7月〜12月(午前10時〜午後6時)
1月〜3月末位まで在庫により(午前10時〜
午後5時)定休日無(ただし、「くだものまつ
り」の日は休み)
佐渡市田切須594-3 TEL.0259-58-2045





















さかや奥さん.jpg
さかや農園の奥さん佐々木清美さん
■西三川果物の歴史■
西三川の丘陵地ではリンゴや梨、桃、柿など
数々の果物栽培が盛んだ。この地は温暖な気
候と程よい海風の恵みから、全国の果物産地
と並び味の評判も高い。明治40年、現在の
佐々木農園園主、康夫さんの祖父・伝左衛門
さんが、桃の木を植えたことから始まったと
言う。大正13年には西三川村園芸組合が設
立され、スイカの種や桑・梨・桃の苗木栽培
を行った。そして、昭和5年の佐渡百町歩計
画で20世紀梨やリンゴ栽培の普及活動が行
なわれ、10年後には栽培の確立がなされた。
昭和20年にはリンゴ1箱が米1俵の値に相
当し、リンゴ紅玉1本の樹から当時の農協職
員給料1年分相当が獲れた時代もあった。そ
して、栽培地域も西三川の他に椎崎・高千・
金井・村山など島中に広がった。現在の消費
者に直接販売する独自の販路もこの頃からの
積み重ねと、当時の行政が推進した普及活動
でその美味しさが口コミで広がった。昭和40
年代後半には、新品種「フジ」の出現により
リンゴ人気が起こり新潟市場や量販店に出荷、
知名度を向上させた。昭和55年には生産量も
2倍に拡大。信頼の美味しさが消費者の口コ
ミで拡大する結果となった。佐々木さんは言
う、「クレームもお褒めの言葉も直接聞ける
からこそ、消費者が求める果物作りに生かせ
る」と話してくれた。
(2009年8月取材)


さかや巨峰.jpg

くだもの収穫期.jpg

フルーツの里MAP

西三川果樹園MAP.jpg

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故・宇治金太郎さん
と朱鷺キンちゃん

 今から42年前の1967年の
夏、繁殖地から迷い出た一羽の
雌のトキが西三川に舞い降りた。
地元ではトキが来たと大騒ぎに
なった。そして、旧真野町は地
元倉谷の愛鳥家・宇治金太郎さ
んにトキの世話と観察を託した。
それから宇治さんは、毎日トキ
のいる田んぼで「コーイ、コイ
コイコイ、コーイ」と餌を手か
ら差出してトキを呼び続けた

(のちに宇治さんの一字を取り
キンと名付けられる)。幾日も
続けたある日、宇治さんが声を
響かせるとどこからかキンが飛
んで来た。その年の冬は大雪に
なったが、宇治さんは毎日餌の
ドジョウを抱えて2キロ離れた
餌場へと向かった。毎日々餌を
持って通う宇治さんにトキは信
頼感さえ感じるようになり、手
からドジョウを食べるほどに仲
良くなっていた。佐渡の厳しい
冬の中、トキと過ごした日数は
実に127日間に及んでいた。
翌68年、国と県が人工飼育を決

断し宇治さんに捕獲を要請。キ
ンは宇治さんの手で保護された。
捕獲後宇治は「おれは、ひょう
きんものだ、キンを裏切ってし
まった」と漏らしたという。そ
の後、宇治さんは84年に82歳
で亡くなるまで、たキンを思い
続け、病床の床でも「卵は生ま
れたか」と家族に尋ねていたと
言う。一方キンは、トキ保護セ
ンターで仲間たちと生涯を過ご
すが子孫を残すことができず、
2003年10月10日、36年の
生涯を閉じた(人間で言えば百
歳あまり)。

宇治さんとキン.jpg
宇治金太郎さんとキン